キャラクター

今日はいよいよ王子様と結ばれる日。
国民もみな、テンションぶち上げで
祝ってくれております。

ドレスを着て礼拝堂にいる私に、
ゆっくりと近づいてくる王子様。
そして私が王子様の手を取ろうとした
――その刹那！

突如現れる敵の大幹部とそのしもべたち。
もちろん、姫は王子様と共に
悪者どもをギッタンギッタンに
なぎ倒しますわ！

姫たるもの、そして花嫁たるもの！！
幸せは腕力【おのれのちから】でもぎ取って
ナンボですわ～～～～～っ！！！

向かう道すがらで、少女は目を瞠った。
望外の出会い。
憧れの存在が、目の前にいた。

並ぶものなき駿足に、
魅せられ、並び立とうと決めた過日。
専心が、今日の勝利を呼んだ。

万感の想いに声を失う少女。
夢うつつの歩みで近づくと
――憧れは、柔らかな笑みを浮かべた。

勝利の余韻が油断を呼んだか。
緩んだ帯を整えてくれる、手。
縮まる距離に、少女が頬を薄紅に染める。

咲き誇る大輪の隣
――小さな桜がそっと並び咲いていた。

その日、難敵多きなか一等の栄を得たり。
舞台中央に立つは、
勝者の誉れにして責である。
心して当たるべきなり。

発声の基礎は腹にあり。
臍下丹田に力を籠め、
足裏をしかと地につけるべし。

観客、気炎万丈なる様に大いに沸き立つ。
終幕の折、両の拳を握りて大呼す。

「――押忍！！」

朋友・サクラチヨノオー、
驚きて身を竦むるも、
観客、演者、皆相好を崩したり。

しかるのち深き礼を経て舞台を後にす。

……ン？　ユキん子が誰かって？
ほら、あっこで手ぇ振ってる子だよぉ！
あーの笑顔見てっと、心がぬぐだまるべ～。

ユキん子は……みんなの娘みたいな子でね。
畑さ耕してくれたり、肩もんでくれてよ。
……でも……なによりも、走ってる姿がね。
楽しそうで、みんなを元気にしてくれンだ。
――……だからな！　今日はオラたちが、
あの子に元気をあげにきたンだよぉ！

へ？　おめぇも、応援してくれンのか？
……っへへ！　涙はあとにとっとかンとな！

よぉーし！　ンだば、今度は一緒に言うべ！
……せーのっ――！

――ああ、やっぱり素敵。

いつでも、どんな時も、
私を引っ張ってくれた、
優しくて温かな背中。
髪も、その衣装も。まるで黒い影の
ようなのに、走る姿は眩しくて。

（……追い越したい）

きっと、その先はもっと眩しい。

一緒に憧れを追いかけて、
笑って、泣いて、手を繋いで歩くのも、
好きだけれど。

はしゃいで走り出し、ふいに脚を止めて、
「ついてきてる？」って振り返ってくれる
あなたも大好きだけれど。

（それでも）

ここは神聖な場所。
礼節をもって、真摯な態度で挑むべき場所。
苦しくても、つらくても、
最後まで走り抜く。
それが、この場所に選ばれたものの義務。

（……でも、楽しいです。
ね、キタちゃん）

あなたの懸命な横顔が、
微笑みを返してくれる。
それだけで、同じ気持ちだって
わかるから。だから、私も――

「このレース……勝たせていただきます！」

――ああ、やっぱりすごい。

息遣いが聞こえる。
地を蹴る音が近づいてくる。
キラキラしてて眩しい宝石みたいに、
前を向くあたしの目を眩ませてくる。
そうやって、ただの1度だって、
油断はさせてくれない。

（……抜かせない）

だって、道は照らされてる。

僅かな差で負けた苦い記憶は、
今もしっかりと記憶に刻まれている。
本気で走って、お互い精一杯の力で
ゴールを目指した。

苦しかったから、悔しかったから
――楽しかったから。
だから、もう絶対に負けない。
負けたくない。

（だけど、やっぱり）

追いかけてくる。
勝ちたいという想いが、
後ろから迫ってくる。
そんな強い気持ちが熱となって
背中に浴びせられる。

（……うん、楽しい。
楽しいね、ダイヤちゃん）

そろそろ仕掛けてくるよね。
また、笑ってるんでしょ？
わかるよ。だって、あたしも笑ってるから。
こんなに楽しいんだもん。
最後までずっと、笑っていたい。
だから――

「勝負はここから……！
今度はあたしが勝つからね！」

「気が昂ぶったのを落ち着けようと……。
勝手なことして、すみません」

一時的な感情の落ち込みは想定内。
憂慮の必要はない。大切なことは別にある。

「あの、樫本トレーナー！
軽い柔軟程度なら問題ないのでは？」

「いいえ、問題だらけです。
そもそも“軽い”という
考え自体が間違っています」

「トレーニング、柔軟、食事、睡眠……
全て軽んじてはいけません」

私は知っている――レース生活の重みを。
私は知っている――夢への架け橋の脆さを。
私は知っている――光なき道の冷たさを。

「では……念のため、もう1度アップを。
今日の地下バ道は少し冷えますから」

私は管理し続ける。
それが……樫本理子のなすべきこと。

そして2人は二手に分かれ、
甘やかな香りが手招く
バラの迷路の奥へ……。

――これが数十分前のこと……。

少女は息を切らして小走りする。
探しても探しても、見つからない。
けれど……。

（がんばれ……がんばれライス……！
絶対にライスから見つけるんだ……）

（あの日、ライスが
見つけてもらったみたいに……！）

（必ず、見つけにいくから……！）

角を曲がった瞬間、少女は
上気した顔をぱあっとほころばせた。

「……っ！　見つけた……！」

「あっははは！　バイブス上げてこ～ッ！
ネイチャ目線ちょーだい♪
ウェーイ！　好きピにかまちょちゅ～！」

「えっ、ちょっ……」

ほらほら、ど？　いい感じに盛れてるし！
パジャマもウチらも、めっカワじゃん？
これ絶対、ファンついちゃうやつ！
バズり確実的な～？？　ヤッバ、うれぴよ☆

「おー、ジョーダン来たね。
こっちこっちー。
にんじんジュースでいい？」

「おけまる～。
すご、すでに大盛況ウケる～」

「ジョーダン、遅いし！！
つーか、もっと集めるべき？？
栗東寮のみんなでエンカしよ的な。
あはっ！　そんなん、ぶちアゲっしょー☆」

パーティーはここからなワケで、
人数いた方が盛り上がるし？
ワンチャン、全員集合ありえるし？
飲んで騒いで、盛り上がって、
寝るヒマなんてあるわけないし？？

ま、とりま始めとくか！
ウェイウェーイ！　ちゅうも～っく！
みんなグラスよろた～ん！
それじゃあ――

「今夜はオールでいくよー！
イエーイ、れっつ・ぱーりなーい！！」

「おーい、みんなー！　ターボだよー！
ねぇねぇ、これちゃんと映ってる？？
……そっか！　映ってるならよーっし！！
あのね、今回のレースは特別なんだー！」

そう言って、少女はカメラに顔を寄せる。
キラキラと輝く瞳が、数度、瞬いた。

「だから、今日も逃げ切るよ！！
ぜったいの、ぜーったい！　必ず！
逃げ切って勝つの！！」

レースの緊張を感じさせない、
明るく希望に満ちた声。
多くのものを振り向かせた少女は、
高らかに宣言する。

「ターボは強いから、
いつだって、スタートからゴールまで、
ターボエンジンぜんかーーっい！！
ずーっと1番前を走るんだ！」

諦めを知らぬ幼さからか。
少女の口から出たのは、
あどけない――無謀ともとれる言葉。

「負けないから！！」

けれどそれは、自分を鼓舞すべく発せられ、
また、立ち止まっている
誰かの背を押すように力強く――

「だから、見てて！！」

モニターの無効まで、響いていた。